慶應義塾大学名誉教授鈴木正崇先生に『ブォ・シャマニズムの現在―内モンゴル・ホルチン地方の新地平』を御紹介いただきました。
内モンゴル出身で、2002年から2019年まで、故郷ホルチン地方のシャーマニズムの調査・研究に従事してきたサランゴワ(薩仁高姓Sarangowa)さんの大著『ブォ・シャマニズムの現在―内モンゴル・ホルチン地方の新地平』が贈られてきました(牧歌舎、2019年8月)。ブォというのは男性シャーマンのことです。これまでシャーマニズム関係の著書や論文は多数書かれていますが、従来の成果を遥かに凌駕した素晴らしい業績です。シャーマンの家系に生まれた本人の体験に深く根差した、自分の人生の軌跡と、両親・家族・親族の生きてきた路をより合わせて辿ったオーラル・ヒストリーのような様相も帯びています。シャーマンの増殖という現代の動態も、そして微妙な政治との葛藤もよく描かれています。とにかく大事なのは言葉です。シャーマンの独自の言葉、ホルチンのモンゴル語、中国語(普通語)、日本語の4つの壁を乗り越え、書き言葉にした「厚い記述」が本書なのです。
私はサランゴワさんの発表を最初に聞いた時から、これは凄い業績になると思っていました。わかりにくいシャーマンの言葉を日本語と同時通訳しながら解説する姿に驚きました。客観と主観を超えた独特の世界が立ち現れたようでした。それと共に、ホルチン・シャーマンの核心部もわかったような気がしました。発表の後に、男性シャーマンの「ブォ」、女性シャーマンの「オドゲン」の本当の意味は何かと聞いたのです。それは男女の生命力・再生力に関わる言葉でした。詳しくは本文の144頁をご覧ください。本書に描かれた世界は、シャーマニズムという狭い領域を超えて、人間と世界の再創造に関わる儀礼実践として捉え直すべきではないかと思っています。